大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成9年(ワ)16674号 判決

原告 A

被告 国 ほか一名

代理人 加藤裕 宮崎芳久

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自一〇〇万円及びこれに対する平成八年九月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、捜索差押令状の請求、発付及びこれに基づく捜索差押えの各過程にそれぞれ違法があり、これらの行為により原告のプライバシーが侵害され精神的損害を被ったとして、被告らに対し、損害賠償を求めている事案である。

一  前提事実

以下の事実のうち、証拠等を挙げた部分は当該証拠等により認められる事実であり、その余は当事者間に争いがない事実である。

1  B(以下「B」という。)は、平成八年九月一一日午後三時一三分ころ、埼玉県幸手市大字西関宿二八〇番地一先の江戸川河川敷において、江戸川水系の地形調査を行っていた千葉県警察野田警察署のC警部補、D巡査部長及びE巡査長の姿を認め、C警部補に対し、あらかじめ携帯していた刺身包丁(刃体の長さ約二一・〇センチメートル)で、同警部補の左上腕部及び左側胸部を突き刺すなどの暴行を加え、もって、同警部補の職務の執行を妨害するとともに、同警部補に全治約二週間を要する左上腕部切創、左側胸部刺創の傷害を負わせ(以下、これらの犯行を合わせて「本件犯行」という。)、D巡査部長及びE巡査長によって、殺人未遂、公務執行妨害及び銃砲刀剣類所持等取締法違反の被疑者として現行犯逮捕された。

その後、Bは、埼玉県警察幸手警察署(以下「幸手署」という。)に所属する司法警察員に引致された。(以上、〈証拠略〉)

2  幸手署所属のF警部(以下「F警部」という。)は、平成八年九月二三日、浦和簡易裁判所裁判官(以下「本件裁判官」という。)に対し、Bを被疑者とする殺人未遂、公務執行妨害及び銃砲刀剣類所持等取締法違反被疑事件について、被疑事実を別紙一記載のとおり(以下「本件被疑事実」という。)とし、差し押さえるべき物を別紙二記載のとおり(以下「本件差押目的物」という。)とし、捜索場所を東京都杉並区阿佐谷北二丁目八番一八号オウム真理教「阿佐谷道場」(以下「本件捜索場所」という。)とする捜索差押許可状を請求し(以下、この請求を「本件令状請求」という。)、同日、本件裁判官から本件令状請求のとおりの捜索差押許可状(以下「本件令状」という。)の発付を得た(〈証拠略〉)。

3  幸手署所属の司法警察職員らは、埼玉県警察本部刑事総務課所属の司法警察員G警部(以下「G警部」という。)の指揮の下、平成八年九月二四日、本件令状に基づき、本件捜索場所の管理者であるH(以下「H」という。)を立会人として、本件捜索場所を捜索し、合計五三点の物を押収した(以下、この捜索差押えを「本件捜索差押え」という。)が、右押収物の中に原告所有に係る名簿一綴(以下「本件名簿」という。)、フロッピーディスク二〇枚(以下「本件フロッピーディスク」という。)及びハードディスク一個(以下「本件ハードディスク」といい、本件フロッピーディスク及び本件ハードディスクを合わせて「本件フロッピーディスク等」といい、さらに、本件名簿及び本件フロッピーディスク等を合わせて「本件押収物」という。)が含まれていた。

その後、平成八年一〇月一五日、Hに対し本件押収物が還付された。

二  争点及びこれに対する当事者の主張

1  本件令状請求の適法性

(原告の主張)

本件令状請求は、以下のとおり、その要件を満たしていないにもかかわらず、故意又は重大な過失によって行われたものであり、違法である。

(一) 押収すべき物が存在する蓋然性の不存在

被疑者以外の者の住居その他の場所について捜索をするには、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合であることが必要である(刑事訴訟法二二二条一項、一〇二条二項)が、本件令状請求に際して、右の状況は存しなかった。

すなわち、Bは、本件犯行当時オウム真理教を脱会しており、また、本件犯行は、計画的犯行ではなく、突発的、偶発的犯行であるので、本件犯行は、オウム真理教とは無関係であるから、オウム真理教の関連施設である本件捜索場所に本件被疑事実についての押収すべき物が存在する蓋然性は存しなかった。

また、本件当時、本件捜索場所は、オウム真理教信者の宿舎にすぎず、オウム真理教の東京総本部に代わる信者の拠点であったことも、右東京総本部から右教団関連書類が運び込まれたこともなかったのであり、捜査機関は、これを当然に承知していたはずである。

(二) 本件被疑事実と本件差押目的物との関連性の欠如

本件犯行が突発的、偶発的犯行であり、オウム真理教と無関係であることから、本件差押目的物は、本件被疑事実の構成要件事実との間にはもちろん、動機等の情状面との間にも関連性がない。

(三) 強制捜査の必要性の欠如

平成七年三月にいわゆる地下鉄サリン事件が発生した後、オウム真理教関係者は、警察の捜査に任意に協力してきたものであり、本件において、強制捜査を行う必要性はなかった。

(四) 令状請求書記載の違法性

本件犯行の捜査に当たった捜査官(以下「本件捜査官」という。)が、本件令状請求において、被疑事実として被疑者が刺身包丁をあらかじめ警察官殺害用の凶器として購入し携帯していた旨記載したことは、本件犯行の偶発性を隠蔽して組織性及び計画性を令状発付裁判官に印象付けるために虚偽の事実を記載したものであり、違法である。

(五) 別件捜索差押え又は目的外流用

本件捜索差押えは、本件被疑事実についての捜査を目的としたものではなく、専らオウム真理教に関する情報を収集する目的とともに、オウム真理教を弾圧する目的でされたものであり、いわゆる別件捜索差押え又は目的外流用に該当し、違法である。

(被告埼玉県の主張)

本件令状請求は、本件捜索場所に本件被疑事実に関する証拠物が存在し、捜索差押えを行う必要があるとの本件捜査官の合理的な判断に基づくものであり、適法である。

(一) 押収物が差し押さえるべき物に該当しないことが事後的に判明しても、直ちに捜索差押許可状の請求が違法となるものではなく、右令状請求時における証拠資料を総合勘案して、合理的な判断に基づき、令状請求の必要があり、差し押さえるべき物の存在を認めるに足りる状況が存在すればそれで足り、右判断は、その請求時までに通常要求される捜査によって収集した証拠資料に基づくことを要し、かつ、それで足りるというべきである。

(二) 本件においては、本件犯行がBがオウム真理教信者であったことに機縁すること、本件犯行当時もBとオウム真理教との関係が未だ継続している疑いが存したこと、本件犯行はオウム真理教信者の捜査に従事していた警察官に対する計画的犯行であることなどから、オウム真理教とBとの関係、オウム真理教におけるBの活動実態、本件犯行の具体的動機、本件犯行に至る経過、組織性及び背後関係の有無等の解明が必要であったが、弁護人との接見以来、Bが一切の供述を拒否したこともあり、右解明は困難であった。

本件捜索場所は、Bが信者として活動していたオウム真理教の活動拠点の一つであり、オウム真理教の杉並道場及び東京総本部の閉鎖に伴ってオウム関連資料が運び込まれた可能性が高かったが、本件捜索場所が近日中に閉鎖される予定であったため、関係資料が散逸するおそれがあった。

また、本件当時、オウム真理教関係者の任意協力は期待することができなかった。

(三) 以上のような捜査の経緯及び証拠資料から、本件捜査官が、本件捜査場所に本件被疑事実に関する証拠物が存在し、かつ、捜索差押えを行う必要があると認めたことは、合理的判断であった。

2  本件令状発付の適法性

(原告の主張)

(一) 本件令状発付は、本件捜索場所に押収すべき物の存在を認めるに足りる状況がなく、令状発付の必要性もないのに、本件裁判官の故意又は重大な過失によって行われたものであり、違法である。

(二) 裁判官の職務行使の独立性、職務の裁量性を考慮したとしても、裁判官の行為の国家賠償法上の違法性を通常の公務員より限定して考えることは妥当ではない。

仮に裁判官の職務行為に国家賠償法の適用を制限すると考える余地があるとしても、それは争訟の裁判に限られるべきであって、本件のような捜索差押許可状の発付行為は、対審構造が取られている裁判とは異なり、権利又は法律関係の終局的確定を目的としない行政的性質を有し、行政行為と同視すべきものであるから、このような行為について限定して考えることは相当ではない。

(被告国の主張)

(一) 裁判官は、その職務を行うに当たり、個別の国民との関係では、良心に基づき、法の客観的意味と信ずるところに従って職権を行使すればよく、それ以上の職務上の法的義務を負うものではない。

したがって、裁判官の職務行為について、国家賠償法一条一項にいう違法な職務行為があったものとして、国の損害賠償責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的を持って裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることが必要である。右限定は、争訟事件に限らず、裁判官の職権行使の独立が要請される職務に広く及ぶものであり、裁判官の捜索差押許可状の発付行為にも妥当する。

(二) 本件令状発付には、そもそも何らの瑕疵もない上、右特段の事情も存しないので、原告の主張は理由がない。

3  本件捜索差押えの適法性

(原告の主張)

(一) 争点1及び2における原告の主張のとおり、本件令状請求及び本件令状発付は違法であるので、本件令状に基づいて実施された本件捜索差押えも違法である。

また、本件押収物は、本件被疑事実とは全く関係がないから、差押えの必要はなく、本件捜索差押えは違法である。

(二) 本件名簿の差押えの違法

本件名簿にBについての情報は記載されていなかったので、本件名簿は本件被疑事実と関連がなく、また、本件名簿にBの名前が存在しないことは本件捜索時に判断することができたはずであるので、その差押えは違法である。

(三) 本件フロッピーディスク等の差押えの違法

フロッピーディスク、ハードディスク等の包括的差押えがやむを得ないものとして認められるためには、現場に存在するフロッピーディスク等の中に証拠たりうる物が存することが明らかであり、かつ、明らかに証拠でない物を除くことが必要である。

本件においては、捜索差押えの現場に最低一台のパソコンが存在したはずであり、また、本件捜査官がフロッピーディスク等の差押えを予定していたならパソコンを持参すべきであった。また、Hら立会人は、本件捜査官に対し、捜査の協力を申し出ていた。

にもかかわらず、本件捜査官は、本件フロッピーディスク等の内容を確かめることなく包括的に差し押さえたのであり、前記要件を満たしていないことは明らかであって、右差押えは違法である。

(被告埼玉県の主張)

(一) 本件捜索差押えは、適法である。

捜索によって、押収した物が、その後の検討の結果、被疑事実との関連性がないことが判明しても、当該捜索差押えが直ちに違法になるものではない。

(二) フロッピーディスク等の押収については、その場に存在するフロッピーディスク等の一部に被疑事実と関連する記載が含まれていると疑うに足りる合理的理由があり、かつ、執行の現場で被疑事実との関連性がない物を選別することが容易ではなく、選別に長時間を費やす間に、被押収者側による罪証隠滅のおそれがあるような場合には、すべてのフロッピーディスク等を包括的に押収することもやむを得ない措置として許されるというべきである。

本件においては、本件フロッピーディスク等の一部に、オウム真理教とBとの関係、オウム真理教におけるBの活動実態、本件犯行の具体的動機、本件犯行に至る経過、組織性及び背後関係の有無等の被疑事実と関連する記載が含まれている可能性があると疑われた。また、本件フロッピーディスク等の内容が外観からは判明せず、データの書換えも容易であるところ、本件現場にはパソコン等が存在せず、オーム関係者の協力を得られる見込みもなかったことなどから、本件現場において、本件フロッピーディスク等のうち本件被疑事実と関連性のないものを選別することは容易ではなかった。

以上によれば、本件フロッピーディスク等の差押えは、やむを得ない措置として許される。

4  損害

(原告の主張)

原告は、本件捜索差押えによって、自己のプライバシーを侵害され、多大な精神的苦痛を被ったところ、右精神的損害を慰謝するには、少なくとも一〇〇万円を必要とする。

(被告らの主張)

争う。

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  前提事実に加えて、証拠〈証拠略〉によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件被疑事実についての捜査の経緯

(1) Bは、本件被疑事実による逮捕後、F警部ら本件捜査官の取調べに対し、本件犯行について概略を認め、本件犯行の動機について、自分がオウム真理教に入信していたころに警察に尾行され、その後、オウム真理教を脱会したにもかかわらず警察に執拗に尾行されたため、腹を立て、警察に一矢報いてやろうと思って、平成七年一一月中旬ころ、刺身包丁を購入し、準備して持ち歩いていた旨供述した。

また、Bは、自分とオウム真理教との関係について、当初は、平成四年五月ころ自分から進んでオウム真理教に入信し、平成七年二月ころオウム真理教の東京総本部において出家したが、同年三月二二日に警察によって右総本部に対する強制捜査が行われた後、教団のための宗教活動ができなくなったため、同年九月ころオウム真理教を脱会した旨供述していた。しかし、その後、Bは、自分がオウム真理教の出家信者であるとの供述を翻し、平成七年二月ころから同年三月ころまで、出家のための準備としてオウム真理教総本部に泊まり込んで修行していたが、あくまで在家信者の身分であり、同月末ころ、実父の住む現住所に移り、オウム真理教を脱会する同年九月ころまでは、自宅から右総本部に通っていた旨供述するに至った。

(2) Bは、右取調べにおいて、オウム真理教の中堅幹部らは、いわゆる仮谷さん拉致事件、地下鉄サリン事件等の事件について、「警察が全部でっちあげたものだ、オウムには一切関係ない。」などと言い、一般信者もそれを信じて抗議していた、Bが出入りしていたオウム真理教の杉並道場の幹部らも「麻原はもうすぐ帰ってくる。」、「もしもオウムがやっているとしたらオウムはおしまいですよ。」などと言っていた旨供述した。

(3) 本件犯行後、オウム真理教の広報部は、新聞報道等を通じて、Bがオウム真理教の元信者であることを明らかにした。

(4) 本件捜査官が、平成八年九月一三日、本件被疑事実について、Bの居室において捜索差押えを実施したところ、オウム真理教と関連が認められるメモ、資料等が発見された。

(5) 本件令状請求が行われた当時、オウム真理教の東京総本部は閉鎖されており、右閉鎖後、本件捜索場所において、オウム真理教の記者会見が合計三回行われた。

(二) 本件令状請求に至る経緯

(1) Bが、本件犯行の動機として、既にオウム真理教を脱会したにもかかわらず、警察に尾行されていると思い、警察に一矢報いようと思った旨供述したことから、F警部は、本件被疑事実の動機、背景等を裏付けるため、Bのオウム真理教への入信及び脱会の事実、本件犯行とオウム真理教との背後関係の有無等について捜査する必要があると判断した。

(2) また、F警部は、Bの供述から、オウム真理教の信者が、オウム真理教は違法行為を行っておらず、すべて警察がでっち上げていると考え、警察に対して反感を抱いていることがうかがわれたため、同教団の信者が警察の捜査に対して非協力的な態度をとるおそれがあり、任意捜査としての事情聴取及び物的資料の任意提出を受けることによっては、前記裏付け捜査の実を挙げることが困難であり、捜索差押えを実施する必要があると判断した。

(3) F警部は、Bのオウム真理教への入信及び脱会の事実、本件犯行とオウム真理教との背後関係の有無等に関する資料として、入信、脱会を証する書類、入信中の活動記録、指示、指令書が考えられ、これらについて、書類の内容がコンピューター、ワープロ等のハードディスク、フロッピーディスク等に記録されていることも多いと判断し、捜索差押えの対象として、本件差押目的物を選定した。

(4) F警部は、Bが住み込み、又は通っていたと供述するオウム真理教の杉並道場及び東京総本部が既に閉鎖されていたこと、右閉鎖後、本件捜索場所においてオウム真理教による記者会見が複数回行われたことなどから、本件捜索場所がオウム真理教の中心的な活動拠点となっており、Bのオウム真理教への入信及び脱会に関する資料、本件犯行についてオウム真理教との背後関係に関する資料等が存在する蓋然性が高いと判断した。

(5) 以上の経緯により、F警部は、本件捜索場所に、本件被疑事件の動機、目的、背後関係等を明らかにする証拠物が存在すると認めるに足りる状況があり、かつ、捜索差押えを実施する必要性があると判断して、本件令状請求を行った。

2  次に、本件令状請求の違法性の有無について判断する。

(一) 本件令状請求は、被疑者以外の者の住居その他の場所を捜索場所として請求したものであるところ、このような被疑者以外の者の住居その他の場所についての捜索差押えの令状を請求するには、被疑者が罪を犯したと思料されるべき資料並びに捜索差押目的物と当該事件との関連性及び捜索差押えの必要性を明らかにする資料に加えて、捜索の対象となる場所に差し押さえるべき物の存在を認めるに足りる状況があることを認めるべき資料を提供しなければならない(刑事訴訟法二一八条一項、二二二条一項、九九条、一〇二条、刑事訴訟規則一五六条一項、三項)。

右の令状請求時においては、捜査官は、当該請求時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断に基づき、被疑者以外の者の住居その他の場所について捜索令状請求の必要があり、かつ、そこに差し押さえるべき物が存在する蓋然性を認めるに足りる状況があるという心証を持てば、それで足りるというべきである。また、右の判断をするための資料は、令状請求時までに通常要求される捜査によって収集した資料に基づくことを要し、かつ、それで足りる。

以上を前提として、本件令状請求の適法性について判断する。

(二) 押収すべき物が存在する蓋然性

(1) 前記認定のとおり、本件捜索場所がオウム真理教の道場であること、本件令状請求が行われた当時、オウム真理教の東京総本部は閉鎖されていたこと、右閉鎖後、本件捜索場所においてオウム真理教による記者会見が三回行われたこと、本件差押目的物が、Bに関するオウム真理教の入信申込書、信者名簿、脱会名簿、活動記録簿、出欠簿、メモ類、指示・指令・通達・連絡に関する文書類等であることなどによれば、F警部が、本件令状請求に際して、本件捜索場所に本件差押目的物が存在する蓋然性が高いと判断したことには、合理的理由が認められる。

(2) これに対し、原告は、本件当時、本件捜索場所はオウム真理教信者の宿舎にすぎず、オウム真理教の東京総本部に代わる信者の拠点であったことも、右東京総本部から右教団に関連する書類等が運び込まれたこともなかったのであり、捜査機関は、これを当然に承知していたはずであるから、本件捜索場所に、本件被疑事実についての証拠物が存在する蓋然性はなかったと主張する。

しかし、本件捜査官が、本件令状請求時において原告が主張するような事実を承知していたことを認めるに足りる証拠はなく、また、前記判示のとおり、捜索差押令状請求時においては、捜査官は、当該請求時までに通常要求される捜査によって収集した資料に基づき合理的な心証を持てば足りるところ、前記認定事実によれば、本件においては、通常要求される捜査が行われ、これに基づき、本件捜査官は、本件捜索場所に本件差押目的物が存在する蓋然性が高いと判断したものと認めることができる。

したがって、原告の右主張は採用することができない。

(三) 本件被疑事実と本件差押目的物との関連性

(1) 前記認定のとおり、本件犯行の態様が、警察官に対し、あらかじめ携帯していた刺身包丁を使用して暴行を加えたというものであること、Bが本件捜査官に対し、本件犯行の動機について、自分がオウム真理教に入信していたころに警察に尾行され、オウム真理教を脱会した後も右尾行が続いたため、腹を立て、警察に一矢報いてやろうと思い、刺身包丁を購入し、準備して持ち歩いていた旨を供述していたことから、F警部が、本件犯行について警察官を狙った計画的犯行の疑いがあると判断したことには、合理的な理由が認められる。

これに対し、原告は、本件犯行はオウム真理教とは無関係な突発的、偶発的な犯行であると主張するが、右認定の犯行の態様及びBの捜査官に対する供述に照らすと、右主張は採用することができない。

(2) 次に、Bは、本件犯行の動機に関して、オウム真理教への入信及び脱会に言及したこと、本件犯行後、オウム真理教の広報部は、Bがオウム真理教の元信者であることを明らかにしたこと、Bとオウム真理教との関係についての同人の供述は、必ずしも一貫していないこと、平成八年九月一三日に実施された捜索差押えの結果、Bの居室において、オウム真理教に関連するメモ、資料等が発見されたことは、前記認定のとおりである。

右認定事実によれば、F警部が、本件被疑事実の動機、背景等はBがオウム真理教信者であったことと関連性があり、よって、本件被疑事実の動機、背景等を解明するため、Bのオウム真理教への入信及び脱会の有無及び時期、本件犯行とオウム真理教との背後関係の有無等について捜査する必要があると判断したことには、相当の合理性が認められる。

そして、本件差押目的物は、Bのオウム真理教への入信及び脱会の有無及び時期、本件犯行とオウム真理教との背後関係等に関する証拠物であるから、右目的物と本件被疑事実との間には関連性があるということができる。

これに対し、原告は、本件差押目的物は、本件被疑事実の構成要件事実との間にはもちろん、動機等の情状面との間にも関連性がないと主張するが、右に説示したところによれば、右主張は採用することができない。

(四) 強制捜査の必要性

(1) 前記認定のとおり、Bが、本件捜査官に対し、オウム真理教の中堅幹部らが地下鉄サリン事件等の事件について警察が全部でっちあげたものであると言っており、一般の信者もそのように信じて警察に対して抗議している旨供述したことなどから、F警部は、オウム真理教の信者が警察に対して反感を抱いており、警察の捜査に対し非協力的な態度をとるおそれがあるとして、捜索差押えを実施する必要があると判断したものであり、このことには相当の理由があるということができる。

(2) これに対し、原告は、平成七年三月のいわゆる地下鉄サリン事件発生以降、オウム真理教関係者は、警察の捜査に任意に協力してきたものであり、本件において、強制捜査を行う必要性はなかったと主張する。

しかし、オウム真理教関係者のすべてが個別具体的な捜査について任意に協力する事情にあったことを認めるに足りる証拠はないから、本件捜索差押えの必要性がないとはいえず、原告の右主張は採用することができない。

(五) 令状請求書記載の適法性

原告は、本件捜査官が、本件令状請求に際して、被疑事実として刺身包丁をあらかじめ警察官殺害用の凶器として購入し携帯していた旨記載したことは、本件犯行の偶発性を隠蔽し、組織性、計画性を令状発付裁判官に印象付けるために、虚偽の事実を記載したものであり、違法であると主張する。

しかし、(三)(1)で判示したとおり、本件犯行が警察官を狙った計画的犯行の疑いがあるとの判断には合理的な理由があるから、原告の右主張は採用することができない。

(六) 別件捜索差押え又は目的外流用

原告は、本件捜索差押えは、本件被疑事実についての捜査を目的としたものではなく、専らオウム真理教に関する情報を収集する目的及びオウム真理教を弾圧する目的でされたものであり、いわゆる別件捜索差押え又は目的外流用に該当すると主張する。

しかし、本件被疑事実は、殺人未遂、公務執行妨害及び銃砲刀剣類所持等取締法違反という重大犯罪である上に、前記判示のとおり、本件差押目的物と本件被疑事実との間には関連性が認められること、本件捜査官が、本件差押目的物について捜索差押えの必要性があると判断したことには合理的理由が認められることなどを総合すると、本件捜索差押えが、別件捜索差押え又は目的外流用であるということはできないから、原告の右主張は採用することができない。

(七) 以上によれば、本件令状請求の段階において、その時点までの資料により、本件令状を請求する要件があると判断して、これを請求した行為に違法はないというべきである。

二  争点2について

裁判官がした争訟の裁判について、上訴等の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項所定の違法な行為があったとして国の損害賠償責任が生ずるものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的を持って裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることが必要である(最高裁判所昭和五七年三月一二日第二小法廷判決・民集三六巻三号三二九頁)。そして、右の法理は、その趣旨、根拠等に照らして、裁判官がした裁判のうち典型的な争訟事件に関する職務行為にのみ妥当するものではなく、裁判官の職務行為一般に広く適用されるものであり、本件のような捜索差押許可状の発付の裁判についても妥当すると解するのが相当である。

本件令状発付において、右のような特別の事情があったことを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の被告国に対する請求は、この点で理由がなく、また、前記判示のとおり、本件令状請求は、その要件が満たされていたものと認められるから、いずれにせよ、本件令状発付が違法であるということはできない。

三  争点3について

1  前提事実に加えて、証拠〈証拠略〉によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件捜索差押えの実施

平成八年九月二四日、G警部を現場責任者として、四二名の捜査官により、Hを立会人、同人が指名した三名を立会の補助者として、本件捜査差押えが実施された。

G警部は、平成八年九月二四日午前九時二分、本件捜索差押えを実施するに当たり、Hに対し本件令状を提示して読み聞かせた。その際、G警部は、Hからの本件令状のコピーをとりたい旨の要請を拒否したが、Hが本件令状の記載を読み上げ、テープレコーダーに録音することを了解した。

本件捜索場所は三階建ての建物であったところ、本件捜索差押えは、各階に責任者である捜査官が置かれ、G警部が総括する態様で実施された。

(二) 本件押収物の差押え

捜索開始後、本件捜査官は、本件捜索場所の一階において、リュックサックの中に存した本件押収物を発見した。本件捜査官が水野らに対し、本件押収物の持主を尋ねたところ、Hらは、「言う必要はない。」、「富士宮の人の物だ。ここにはいない。」、「警察で確認すればいい。」などと返答した。

G警部は、本件押収物について、右リュックサック内に原告の氏名が記載された物品が存在したことから原告の所有物であることも考えられるが、オウム真理教の所有物である可能性もあると考え、その差押えを行った。また、G警部は、本件フロッピーディスク等について、本件捜索場所にパソコン等が存在しなかったこと、多数のフロッピーディスク及び記憶容量が大きいハードディスクが存在したこと、立会人らの協力が得られ難かったことから、現場で本件フロッピーディスク等の記録内容を確認することなく、これらを差し押さえた。

(三) 本件捜索差押後の経緯

(1) 本件捜索差押えは、約二時間行われ、本件押収物を含む合計五三点の物品が押収された。G警部は、Hら立会いの下で、幸手署司法警察員巡査部長であるIに指示して、差押物件について押収品目録交付書を作成させ、右交付書をHに対して交付した。

(2) 本件捜査官は、差し押さえた押収品を幸手署等に運搬した後、本件フロッピーディスク等の記録内容を確認しようとしたが、適合するコンピューターがなかったため、幸手署に電話を架けてきた原告に来署を求めた。

原告は、幸手署にコンピューターを持参したが、右コンピューターの機器が不良であったため、本件フロッピーディスク等の記録内容を確認することができなかった。原告は、その際、本件捜査官に対し、本件ハードディスクのオペレーションシステムがマイクロソフト社のウインドウズ95タイプであること及びその操作方法について説明した。

G警部は、原告に対し、本件フロッピーディスク等の記録内容の確認に時間がかかること、右確認をした後に本件被疑事実と関係のないものは返却することを伝えた。

(3) その後、本件捜査官は、約二週間かけて、本件フロッピーディスク等の記録内容の確認を行った。

右確認の結果、本件ハードディスク内に、オウム真理教信者の氏名、生年月日、本籍、住所、右教団内の所属等が記載されている信者名簿と認められるファイルが存在するが、Bに関する情報は記録されていないことが判明した。

また、本件名簿は、A4サイズの紙三、四枚をホチキスで留めたものであり、オウム真理教信者の氏名等が記載されていたが、これにBに関する情報は記載されていないことが判明した。

(四) 本件フロッピーディスク等は、原告が、オウム真理教から与えられ、右教団の富士山総本部道場の事務全般の作業に使用していたものである。

2  次に、本件捜索差押えの適法性について判断する。

(一) 原告は、本件令状の請求及び発付が違法であることを前提として本件捜索差押えの違法性を主張するが、前記判示のとおり、右の請求及び発付は違法であるとはいえないから、原告の右主張は採用することができない。

また、原告は、本件押収物が本件被疑事実と全く関係がないから、差押えの必要性はなく、本件捜索差押えは違法であると主張するが、捜索によって押収したものがその後の検討の結果押収の前提となった被疑事実と関連性がないことが判明しても、そのことだけで直ちに右押収が違法となるものではないから、原告の右主張は採用することができない。

以下、本件押収物の差押えについて、個別に検討する。

(二) 本件名簿の差押えの適法性

原告は、本件名簿にはBについての情報は記載されていなかったので、本件名簿と本件被疑事実との関連性は認められず、また、本件名簿にBの名前が存在しないことは本件捜索時に判断することができたはずであるので、その差押えは違法であると主張する。

しかし、前記認定のとおり、本件名簿にオウム真理教信者の氏名等が記載されており、本件捜索場所がオウム真理教の道場であったことからすると、本件名簿がオウム真理教信者に関する名簿であり、その中に、オウム真理教信者であったBに関する記載が存在する可能性が高く、したがって、本件名簿が、本件差押目的物である「被疑者とオウム真理教の関係及び本件犯行の組織的背景を明らかにするための信者名簿又は脱会名簿」に当たると判断したことは、本件捜索差押えの時点においては合理的な判断であったということができる。したがって、原告の右主張は採用することができない。

(三) 本件フロッピーディスク等の差押えの適法性

(1) 原告は、本件フロッピーディスク等の中に証拠たりうる物が存することが明らかではなかったにもかかわらず、その内容を確認せず本件フロッピーディスク等を包括的に差し押さえたことは違法であると主張する。

そこで、検討するに、フロッピーディスク、ハードディスク等の電磁的記録媒体は、そのままの状態では、これらに記録された内容が可視性、可読性を有しないことは明らかである。したがって、フロッピーディスク等を対象とする差押えの際に、当該フロッピーディスク等の中に被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性が認められる場合であって、捜索差押えの現場において、被疑事実との関連性がないものを選別することが容易でなく、かつ、そのような情報が実際に記録されているか否かを確認していたのでは記録された情報を損壊されるおそれがあるようなときには、その内容を確認することなしに当該フロッピーディスク等を差し押さえることが許されるものと解される。

(2) これを本件についてみると、前記認定のとおり、本件差押目的物は、被疑者とオウム真理教の関係及び本件犯行の組織的背景を明らかにするための信者名簿等であること、本件捜索場所は、オウム真理教の道場であること、本件フロッピーディスク等は、本件捜索場所に存在したリュックサックの中から発見されたこと、本件フロッピーディスク等は、原告が、オウム真理教から与えられ、同教団の富士山総本部道場の事務全般の作業に使用していたものであること、本件捜索差押えの現場に本件フロッピーディスク等の内容を確認することができるパソコン等が存在しなかったこと、本件捜査官がHらに対し本件押収物の持主を尋ねたところ、Hらは、「言う必要はない。」、「富士宮の人の物だ。ここにはいない。」、「警察で確認すればいい。」などと非協力的な態度を示したこと、本件フロッピーディスク等はフロッピーディスク二〇枚及びハードディスク一個という多数かつ大量の電磁的記録媒体であること、本件捜索差押後、本件捜査官は、本件フロッピーディスク等の記録内容を確認するために約二週間を要したことが認められる。さらに、これに加えて、フロッピーディスク、ハードディスク等の電磁的記録媒体が一般にそのデータの書換え、消去等が容易であることは、当裁判所に顕著なところである。

これらの事実と捜査の迅速性の要請等を総合勘案すると、本件フロッピーディスク等に本件被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性が認められる状況にあり、本件捜索差押えの現場において、本件フロッピーディスク等について本件被疑事実との関連性がないものを選別することは容易ではなく、かつ、そのような情報が実際に記録されているか否かを確認していたのでは記録された情報を損壊されるおそれがあったということができる。したがって、原告の前記主張は採用することができない。

(3) これに対し、原告は、本件フロッピーディスク等が入っていたリュックサックの中に原告の氏名が記載された物品が存在したこと、Hらが捜査員に対し「これはAさんの個人のバッグです。」などと申し立てたことなどから、本件捜索差押えの際に、本件フロッピーディスク等が原告の所有物であることが明らかであったと主張する。

しかし、仮に原告の主張する右の事実があったとしても、本件フロッピーディスク等に本件被疑事実に関連する情報が記録されている蓋然性があるとの判断を左右するものとはいえないから、原告の右主張は採用することができない。

次に、原告は、Hらは本件捜査官に対し捜査の協力を申し出ていたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、かえって、Hらは捜査に対し非協力的であったことがうかがわれるから、原告の右主張は理由がない。

さらに、原告は、本件捜索差押えの現場にパソコンが最低一台は存在したはずである、本件捜査官は、フロッピーディスク等の差押えを予定していたのであればパソコンを持参すべきであり、また、本件当時、本件フロッピーディスク等の記録内容を確認することができるパソコンのオペレーションシステムの種類を把握していたはずであるなどと主張する。

しかし、本件捜索差押えの現場に、本件フロッピーディスク等の内容を確認することができるパソコンが存在しなかったことは、前記認定のとおりであるし、多数かつ大量の情報が記録されている電磁的記録媒体の捜索差押えをするに当たり、その現場において、右電磁的記録媒体の内容を確認しなかったからといって、これが違法ないし不当であるとまでいうことはできないから、原告の右主張は採用することができない。

(4) 以上によれば、本件においては、本件フロッピーディスク等に、本件被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性があり、本件捜索差押えの現場において本件被疑事実と関係のないものを選別することが容易でなく、かつ、そのような情報が実際に記録されているか否かを確認していたのでは記録された情報を損壊されるおそれがあったものと認められるから、本件捜索差押えの現場において内容を確認することなく本件フロッピーディスク等を差し押さえたことをもって違法ということはできない。

四  以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉戒修一 渡邉左千夫 星直子)

(別紙一)

被疑者は、元オウム真理教の信者で警察に反感を持つ者であるが、平成八年九月一一日午後三時一三分ころ、幸手市大字西関宿二八〇番地の一先江戸川土手において、

一 オウム対策のため江戸川に救命用ゴムボートを接岸させる場所を検索するべく、制服を着用し土手に立っていた千葉県野田警察署地域課勤務の千葉県警部補Cに対し、予め警察官殺害用の凶器として購入し携帯していた刺身包丁(刃体の長さ約二一・〇センチメートル)で、右警察官の左上腕部を切りつけ、さらに「野郎、ぶっ殺してやる。」等と怒号しながら、殺意をもって、右警察官の左胸を突き刺したが、右警察官等に取り押さえられたため、左上腕部切創、左側胸部刺創による全治二週間の傷害を負わせたに止まり、右警察官を殺害するに至らなかった

二 右行為により、右警察官の正当な業務行為を妨害した

三 業務その他、正当な理由がないのに、刃体の長さが約二一・〇センチメートルの刺身包丁一丁を携帯していた

ものである。

(別紙二)

被疑者とオウム真理教の関係及び本件犯行の組織的背景を明らかにするための、入信申込書、信者名簿、脱会名簿、活動記録簿、出欠簿、メモ類、指示・指令・通達・連絡に関する文書類並びにこれらを記録した、電子手帳、磁気テープ、光ディスク、フロッピーディスク、ハードディスク等の記録媒体。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例